会社案内

会社概要
|沿革|技術革新と挑戦主な納入先と取引先労働安全衛生マネジメントシステム
50年史
1955年〜1960年代
1955年
(昭和30年)
北斗工機株式会社設立
(資本金50万円、代表取締役として奥田大三が就任。所在地を札幌市中央区南1条西2丁目池内ビルとし、合理化澱粉工場向けの「フラッシュドライヤー」の開発販売を開始)
1957年
(昭和32年)
資本金を200万円とする
1960年
(昭和35年)
渡辺 昇が社長に就任
1966年
(昭和41年)
資本金を350万円とし、所在地を札幌市中央区北2条西2丁目 弘済ビルとする
(麦・豆用乾燥機の納入開始)
1969年
(昭和44年)
資本金を700万円とし、所在地を札幌市中央区北2条西3丁目 札幌ビルとする

1970年〜1980年代
1970年
(昭和45年)
資本金を1,200万円とする
(籾用乾燥機の納入開始 穀類乾燥機が主力となる)
1971年
(昭和46年)
コーンスターチ乾燥機の納入
1972年
(昭和47年)
北海道で初めてカントリー施設を建設(2000トン)
1975年
(昭和50年)
資本金を2,000万円とする
(世界初馬鈴薯澱粉の蛋白回収工場建設)
1976年
(昭和51年)
資本金を3,800万円とする
1977年
(昭和52年)
マスタークラッシャーの製造販売開始
現行の元になる穀類用HGD型乾燥機の開発販売開始
1983年
(昭和58年)
渡辺 昇社長急逝、安孫子 和彦が社長に就任
1986年
(昭和61年)
所在地を札幌市西区八軒9条西9丁目 札西ビルとする
北見・網走地区の体制強化のため斜里に出張所を開設
(日本初のステビアの乾燥施設建設、道外向け籾用大型乾燥機製造販売開始)
1987年
(昭和62年)
小麦用全天候型屋外大型乾燥機の製造販売開始

1990年〜2000年代
1991年
(平成3年)
新社屋を建設、所在地を札幌市西区八軒10条東4丁目3-10とする
安孫子 和彦が社長退任、佐藤 一彦が社長に就任
佐藤 一彦社長急逝、室井 孝仁が社長に就任
1999年
(平成10年)
業務強化と迅速な対応のために技術部門を3部制から一本化
2000年
(平成11年)
十勝地区の体制強化のため帯広に出張所を開設
2003年
(平成15年)
高級菜豆(金時・大豆)専用全自動除湿乾燥機の開発
2005年
(平成17年)
新規開発部門、テスト装置の充実を図るため研究所を発寒から八軒に移転
2009年
(平成21年)
日本初甘藷でん粉フラッシュドライヤー乾燥連続製造設備を建設
2013年
(平成25年)
工藤 博司が代表取締役社長に就任
室井 孝仁が取締役会長に就任
会社概要|沿革|技術革新と挑戦主な納入先と取引先労働安全衛生マネジメントシステム